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Tuesday, June 29, 2010

冲方 丁 『天地明察』

本年度本屋大賞受賞作品。
京都駅の三省堂で買っていたのだが、ようやく(ボクの積ん読から)順番がまわってきて読むことができた。
結論から言えば、時代小説いや一般小説としても、傑作ではないか。

実在の人物である、江戸時代の暦学者 渋川春海の「新たな暦づくり」にかけた生涯の物語。
とはいっても、徹底したエンタテインメントにしたところが成功の秘訣だろう。
小説の冒頭から、ぐっと心をつかまれて次を読みたい気持ちにさせる、わくわく感の演出が見事で、そこにはまりこむとどこを読んでも心熱くなる。冒頭の、絵馬が風に揺れてからんころんときれいな音をたてるシーンはずっと読者の心にも残る。
特にボクが好きなのは、日本が誇る数学者関孝和の描き方。
数学の難問を一瞥しただけで全て解答した、などのエピソードだけが春海に残され、いつまでたっても出会うことがなく、読者にも姿を見せない。どんな人物だろうとわくわくしながらじらされる。冒頭の絵馬のシーンでは、難問がかかれた絵馬にささっと解答だけ書いて去っていく。一足違いで春海も出会い損なうのだ。いやいや心憎い演出。
物語の終盤で、ようやく春海と実際に出会うのだが、この場面では春海最大の危機を迎え苦しんでいる、そこへ今度は関から春海宛に問題が託される。思いがけない出会いを作者は演出しているのだ。
天体観測の旅に出た春海をサポートする、老齢の建部と伊藤の二人も魅力的である。彼らの純粋な天文に寄せる思いに、またこちらも熱いものがこみあげてくる。
そしてロマンスも忘れちゃいない。絵馬のシーンで出会う「えん」という娘がまたいいね。
凛とした娘として登場して、春海の朴念仁ぶりと対照的に描かれるのだが、なぜかお互いに惹かれるものを感じながら、それも読者には十分わかっているので、当然夫婦になると期待して読んでいると、あっさりと別々に結婚してしまい、あれれと思っていると、もうひと展開あるわけで、こちらも「そうきたか」と思ってしまうのだ。

これだけ魅力的な人物を周囲に配して、しかも春海自身の喜びと苦悩を見事に描き出した傑作時代小説だ。
ただひとつ言わせてもらうと、漢字の読みがわかりにくくて、音読スタイルのボクは、読めないとそこでつかえてしまうのだ。しばし、流れがそこで絶たれてしまう。
ルビをふんだんに振って欲しかった。

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