大台ケ原から高野山への連日踏破が、膝痛によりあえなく破綻。
膝はすっかり治ったのだが、前日に一乗寺辺りをかなり歩いたために、今度は腿に張りが残る。
まあしかし、これは筋肉痛の部類なので大丈夫だろう。
いざ、高野山へ。
実は高野山は、下の娘が高校の勉強合宿で毎夏缶詰にされる場所であった。
その時は、とくに感慨もなく「大変だな」ぐらいに思っていたのだが、TVドラマ「平清盛」などの影響もあって(すぐ影響を受けるタチ)、ちょっと高野山がかなりボクの中で優先順位を押し上げてきた。
うちを6:00に出発、新大阪で御堂筋線に乗り換え難波へ。
どこの乗り換えもタイトで、急ぎ足で次の電車へ走り込み、なんとか7:20の南海電車高野山行きに間に合う。
極楽橋(この名前もすごいね)でケーブルカーに乗り換え、高野山駅に着いたのが9:00過ぎであった。
家から約3時間、そんなに遠くはない。
そこからバスに乗って千手院橋で下車、そこから徒歩で大門へ向かう。
ところで、バスで駅から走ってきてわかった。
山全体が修行の場所ではなく、普通に町なのだった。
聞くところによると、4000人が住んでいるらしい(うち僧侶が1000人)
だから携帯も使えるし、食料品店もあるしお土産物屋や食堂が軒を並べる(さすがにコンビニは見かけなかった)
幼稚園や学校もあるようだ。かなり山歩き寄りの装備でやってきたのだが、おじさんおばさんはTシャツにサンダルのひともいる。なんという情報不足、今更ながら恥ずかしい。
平日なので、観光客もまばらである。
大門は、その名の通り大きく、両脇の金剛力士像もかなりの迫力である。
ここで、腹が減ったので、バス停近くで買ったできたてパンを食べる。
ここから壇上伽藍へ向かう。
この壇上伽藍には、興味深い建造物が集まっている。その中のひとつが根本大塔である。
こちらの写真はinstagramアプリで撮影して加工したので、ちょっと自然な色合いではないのだが、なんとも言えない造形である。
色も鮮やかな橙色でひときわ目を引く。
中を参拝することができる。
センターに大きなキンキラの如来像、そのまわりに四体の仏像が囲む。
柱には極彩色の菩薩像16体が描かれている。
それぞれに名前がついているのだが、笑が含まれている菩薩だけ目が笑っているのが面白い。肌の色も、肌色、褐色、青と3種類あるのだ。
大迫力で、思わずひれ伏す気持ちが湧いてくる。
ここでも参拝者はまばら。
団体さんともあわないので、ゆっくりと時間をかけて静かにみることができる。
さて、このあといよいよ、最大の聖域である奥之院へと向かう。
バスに乗って10分ほどで奥之院バス停に到着。
バスを降りて驚いた。
聖域のはずがなんとも俗っぽい雰囲気ではないか。
レストラン土産物屋、巨大な駐車場、そしてものすごい数の観光客。
いや、自分も正真正銘の観光客なので、ひとごとではないのだがそれにしても。
そうなのか、みんなここにいたのか。平日でもこの人数ならば、休日連休はすごいのだろう。
しかもボクが乗った電車やケーブルカーはがらすきだったので、観光バスやマイカーで来ている人が多いのだろう。
そうだったのか。
ちょうど昼過ぎなので、せっかくなのでここで食事をしよう。名物胡麻豆腐は食べよう、目の前に見える食堂に入り席につく。
と、少し離れた席からひとりのおばちゃんがこっちを見つめて歩いてくる。
えっ?オレか?
どう見てもこちらに向かってまっすぐに歩いてくる。
「xxさんか?」どボクの名前を呼ぶ。
えっ?ああー、「Sさんですか?」
なんと、こんなところで(しかも平日の昼間)元会社の同僚の女性と数年ぶりで再開。
彼女はすでに会社は退職しているのだが、驚いた。
これも弘法大師様のお導きか。
こんなこともあるんだね。
しばし昔話をしたあと「お元気で、お先です」と別れを告げて、奥之院である。
この先は歩いて行くのだが、参道の両脇はずーっとお墓が続くのだ。
企業の従業員?を祀った墓があったり、豊臣秀吉の墓があったりと樹齢数百年の松もあるし、さすが高野山である。
15分程度で高野山最奥部である奥之院御廟へ。ここらは建物外でも写真撮影禁止である。それだけ神聖な地である、ということなのだろう。
団体に巻き込まれないよう注意しながら、ざっと見てまわる。
確かに厳かな感じはあるが、壇上伽藍の方が見ていて面白い。
またお墓をゆっくり見ながらバス停まで戻る。
ちょうど雨が降りだした。

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